「私と我が校のインターネット事始め」1997.12.25
理化学協会雑文原稿
平成8年2月、インターネットについての本を何冊か読みおもしろそうだと感じました。東京に旅行する
機会があり、新幹線やホテルなどでこれらの本を読んでいたわけです。そして、お洒落な店だと思って朝
食を食べに入った南青山のレストランがインターネットカフェというものでした。
パソコンが2台ありました。全くはじめてなので使い方が分からない。店の人が教えてくれるわけでもない。
持っていた何冊かの本を取り出し、それに従って操作をするうちに、何とか少し扱えるようになりました。こ
のとき私たちは、娘二人と妻との4人家族でいた。下の娘は関心を示してくれたが、あとの二人は最初だけ
もの珍しそうにしたがすぐに自分たちの注文した珍しいパンや紅茶の話題の方に気を取られていきました。
私は本に載っていたアドレスを参考に、日本政府、ホワイトハウス、NASAなどのホームページを見、下の娘
は雑誌を見て記憶していた小室哲也のページを見ました。世の中が騒いでいるインターネットというものをさ
わっているのだと思い少し興奮してました。パンと紅茶に飽きた2人に「いつまでやっているの」と怒られなが
らやめたときは1時間半ほどたっていました。
4月になり、歓送迎会で飲みながら校長と話しをしているとき、我が校にインターネットを導入したらどうかと
話をもちかけました。「1年間でいいからやろう、今1年間やるのと後で数年間やるのでは価値が違う」「今や
れば佐渡の中学校から注目される。佐渡の他の高校にも負けないものをもてる、精神的にも宣伝的にも価
値はある」「いろいろなときに、”うちのホームページを見てください”といえる気分は悪くない」「今やれば新潟
県の高校としてはとしては4番目(数は少しあやしい)、農業高校としては最初だ」「我が校の農業生産物をイ
ンターネットで宣伝できて販売できる(これは難しいことが後で分かるのだが)」。当時の進藤校長は理解して
くれた。途中からは私以上に熱心になってくれた。わたしが「こねっとプラン」を新聞記事として見つけてきて校
長に渡すと、校長は熱心に県教委と話し合ってくれた。そのころ県教委は「こねっとプラン」などまだ知らなかっ
た。私は学校で開設したときの準備として自分で勉強を始めた。4月、まず自分インターネットのできるパソコン
を購入した。この件ではちょっと女房に無理を言った。すぐにプロバイダーに申し込み、5月2日私個人のホー
ムページがインターネットに載った。うれしくなって何度も何度も自分のページを見たものである。全く子供であ
る。
その後も「こねっとプラン」の許可が下りるのには時間がかかった。我が校の文化祭は10月26日であった
が、それまでにインターネットを開設が間に合うかどうか心配であった。私は一時的に自分のアドレスの中に我
が校のホームページを作成して待った。3日前くらいにやっと「こねっとプラン」の許可がおりプロバイダー契約
が済み、文化祭の前日に電話回線工事が終わるという有様であった。何とか文化祭にはインターネットを展示
できた。
以上は、私側から見た我が校のインターネットである。これを導入するに当たり、関連委員会や職員会議、経
費の問題、事務的問題などいろいろあったが我が校の教職員が皆よく理解を示してくれ協力してくれた。今後、
佐農のインターネットが一人歩きできるように育っていってほしいと願っている。
足の爪をかむ少年1998.2.15
平成10年2月、東海道線で東京から伊豆へ向かう電車に乗っていた。熱海をすぎたあたりであろうか、紺の制
服を着た中学生くらいの少年が一人、異様な雰囲気で電車に乗り込んできた。背は高くしっかりとした体つきで
はあるが、色白で目はぱっちりとし、幼い感じがする。その少年は両人差し指を両方の耳につっこんでワーワー
と大きな声を出しながら歩いてくる。遊びでやっているのだろうか。一人でこんな事をするだろうか。周りのお客
はどう判断しているのだろうか。などと考える。周りの人も私と同じようにとまどった表情をしている。変なものが
近くへきた、気にはなるが、ジロジロみてはいけない、という雰囲気である。私から3mくらい離れたはす向かい
の席に座り雑誌を出して独り言を言いながらページをめくりだした。大きな声だが、何を言っているか分からない。
私はそれまで読んでいた本に目を戻す。しばらくして静かになる。静かになったので気になり目を上げて少年をみ
る。足の爪をかんでいる。座席にあぐらをかき右足の靴下を脱ぎ靴下を一緒に持ちながらその足の爪をかんで
いる。静かに、一生懸命足を抱えてかんでいる。その足が白く大きいのが印象的であった。
金北山撮影についての挨拶文1997.12.20
佐渡の風景はきれいだ。好きな景色の中に上の写真にある金北山がある。私が8年前佐渡に帰ってきて毎日国中平野を横切って勤め
先に通うことになった。平野から見た金北山のきれいさ、朝見る朝日に照らされた金北山、帰りに見る暮れゆく中の金北山、晴れた日、雨
に煙る日、なんといろいろなかおを見せてくれることだろう。季節による変化はいうまでもない。
私がインターネットでやってみたいと思っていることが2つある。ひとつはこれ、つまり”今日の金北山”というコーナーで週1回くらいずつ写
真を掲載していくことである。もう一つのアイデアは”今日の稲作”というコーナーである。我が家も農家である。稲作の一年間をやはり週1回
くらいの割合でレポートをするとおもしろいのではないかと考えている。