


本尊様は阿弥陀如来様です

県の文化財。天正17(1589)年に、越後上杉氏の佐渡攻略により羽茂城は落城したが、その時焼失をのがれた東門を、移築したものである。

寛文4(1664)年、江戸の仏師による建立である。堂内には30pほどの羅漢の塑像(500体)がぎっしりと並んでいる。天井の龍の絵は、月夜の晩になると絵から龍が抜け出し、羽茂川に水を飲みに出たといわれる。住民が恐がったため龍の目に釘が打たれ、以後出なくなったとされる。
縁起
大蓮寺15世高嶽梵道和尚が、夜「素浜海岸」に仏像が漂着する夢を見て、翌朝その海浜に行くと、砂浜で船乗り風の2人の男が争っていた。訳を聞くと、両人の間に有る千両箱のことでお互いが「おまえが先に見つけたのだからおまえのものだ。」と争っているのであった。拾ったお金を他人に譲るとは感心なことだと思っているうちに、両人の姿が何時しか消えたのである。
和尚は、数日前に難破船があったと聞くが、その亡者が供養を依頼したものであろうと千両箱を持ち帰り、寛文4年(1664年)江戸の仏師松尾勘左エ門に五百羅漢堂の建立を依頼し、水難者の供養を行ったのである。
以前は墓地下の低地に、間口8間奥行き6間の壮大な建物であったが、腐朽甚だしく昭和33年解体し内陣のみを現在地に移築したものである。

マリア観音像

明治時代に建てられたようである。